四月の博多湾には、潮と桜の匂いが混じっている。ミオは博多湾アーク橋の入口で一度だけ立ち止まり、隣でつまらなそうにスマホを見ている幼馴染の横顔を、そっと横目で見た。連れてきてよかったのか、まだわからなかった。
「ほんとにここ?なんか普通の橋じゃん」
ハヤテは欄干から湾を眺めて、早くも興味を失いかけていた。
「渡ればわかるから」
ミオは前を向いたまま答えた。本当のことは言えなかった。二週間前に、一人でここに来ていたことも。
きっかけは、ある夜の食卓だった。フリーランスのイラストレーターをしている父が、箸を置きながらぽつりと言った。「AIが絵を描く時代になったら、俺みたいな仕事どうなるんだろうな」。笑っていたけれど、目は笑っていなかった。
その夜ミオはスマホで調べた。「AI イラスト 仕事 奪われる」。怖い記事がたくさん出てきた。でも読み進めると、実際にAIを使ってみた絵描きの話が出てきた。「使ってみたら全然違った」「道具として面白い」。そのコメント欄の一番下に、誰かがさらっと書いていた。「福岡の公国で実際に体験できるよ」。
それがgapuri公国との出会いだった。
橋の中ほどまで来ると、島のシルエットが大きくなってきた。近代的なのにどこか不思議な建物の群れ。夕方の斜光の中で、窓に埋め込まれた発光素子がちかちかと瞬いている。
「……なんか、光ってる」
ハヤテが独り言みたいに言った。いつの間にかスマホをポケットにしまっていた。
入国ゲートは、拍子抜けするほど静かだった。改札みたいな機械が一列に並んでいるだけ。ミオがスマホをかざすと音もなく開き、ハヤテのスマホも続いて反応した。事前にミオがゲスト登録を済ませておいたおかげだ。
「え、もう入った?」
「もう入った」
石畳の上に出た瞬間、ハヤテが黙った。
学院区の夕景。石造りの建物、あちこちに立つ大きな石碑型の端末から流れてくる落ち着いたAIの音声案内。観光客らしき人がスマホを片手に石碑に話しかけている。学院生らしき人はノートPCを開きながら芝生のベンチに座っている。振り返れば橋の向こうに博多タワーが見える。でも足元の石畳は、外の福岡とは何もかもが少しだけ違った。
しばらく経って、ハヤテがぽつりと言った。
「要するに……ここ、なんなんだ?」
ミオは少し笑った。
その答えを、私はまだうまく言葉にできない。でも二週間前に一人でここに来て、初めてあの石碑の前に立ったとき、怖かったはずのものが少しだけ違って見えた。それだけは確かだった。
✦ 魔法士ログ
gapuri公国は、博多湾に浮かぶ現代日本の自治都市国家。AIを「魔法」として学び、証明できる唯一の場所。スマホでも、タブレットでも、島中どこからでもAIにアクセスできる。
💎+20 獲得できます